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HFT Planar 50mm F1.4 ― グラッツェルのニッコール [レンズ]

「標準レンズの帝王」と言えば、多くの方がコンタックス/ヤシカマウントのPlanar T* 50mm F1.4 AEJ/MMJをすぐに想起されると思いますが、この称号、実はユーザーが奉ったものではなく、京セラがこのレンズの広告宣伝に使用したキャッチコピーです。そしてPlanar T* 50mm F1.4に先だって、ローライQBMマウントのHFT Planar 50mm F1.4があったことも、今では多くの方がご存じかと思います。いずれも6群7枚の変形ガウスタイプのレンズです。それぞれ、現在は「ヤシコンプラナー」「ローライプラナー」と略称されることが多いようです。

プラナーはパウル・ルドルフ(Paul Rudolph)が1897年に発明した「凸(凸凹)¦(凹凸)凸」の4群6枚構成のダブルガウス型のレンズ(米国特許No.583336)に始まりますが、このダブルガウス型のレンズ構成は、その後、各地で改良が施されていきます。

1930年にホレース・ウィリアム・リー(Horace William Lee)が、このレンズ構成の一番後ろの凸レンズ1枚を2枚に分けて「凸(凸凹)¦(凹凸)凸凸」とする5群7枚構成を発明します(米国特許No.2019985)。

一方、前群2群目の接合レンズ、2枚目と3枚目の接合を分離した5群6枚構成の製品も1930年代初めに多数現れます。1934年のシュナイダー社のSchneider-Kreuznach Xenon 5cm F2は、その発想に追従した製品のひとつです。

この1930年代初めに現れた二つの発想を合わせれば「凸凸凹¦(凹凸)凸凸」の6群7枚構成の変形ガウスタイプのレンズがすぐにできそうな気がしますが、そう簡単な話ではなかったようです。

1972年6月30日、カール・ツァイスのカール=ハインリヒ・べーレンス(Karl-Heinrich Behrens)とエルハルト・グラッツェル(Erhard Glatzel)によるレンズ設計の特許が出願されました。Offenlegungsschrift 2232101、及びDE2232101C2米国特許No.3874771、特願昭48-73540・日本国特許第1233035号)です。これがCONTAX Planar T* 50mm F1.4 AEJ/MMJの光学設計とされている特許ですが、ドイツ本国ではこの特許は、1972年にローライへ供給が始められたHFT Planar 50mm F1.4と1975年11月発売のCONTAX Planar T* 50mm F1.4 AEJ/MMJの両方に共通の光学設計と見なされ、その影響で日本でもHFT Planar 50mm F1.4とCONTAX Planar T* 50mm F1.4はコーティングが違うだけの同一設計とする説が広く流れています。

カール・ツァイスの6群7枚の特許は他に、これに先立ち、1966年1月22日に出願されたAuslegeschrift 1277580があります。この特許はヘルムート・アイスマン(Helmut Eismann)の設計です。

しかし、これより早く、1964年2月18日にオリンパス・坂元悟設計の6群7枚のレンズの特許(特願昭38-8237・特公昭41-17176)が、1964年12月27日には旭光学工業株式会社の風巻友一・高橋泰夫の両氏が開発した6群7枚のレンズの特許(特願昭39-73962・特公昭42-25212・日本国特許第518412号、米国特許No.3451745)が出願されています。(コメントで風巻・高橋特許の日本国特許についての詳細をご教示頂きました。通りすがり様、ありがとうございました。)

実際に販売されたこのレンズ構成を持つ製品をたどってみると、まず1964年に旭光学が第4群を3枚接合とした「凸凸凹¦(凹凸凹)凸凸」の6群8枚構成のSuper-Takumar 50mm F1.4を発売し、その後、第4群の接合を2枚として「凸凸凹¦(凹凸)凸凸」の6群7枚構成となった同名のレンズを発売しますが、切替え時期がはっきりしません。雌山亭によると、その切替えは1965年のようです。
この1965年には他に、オリンパスがシネ判(ハーフ判)一眼レフのPEN F用の大口径標準レンズとしてG.Zuiko Auto-S 40mm F1.4を、ヤシカもAUTO YASHINON-DX 50mm F1.4(富岡光学製と推定)を発売しています。1968年にはキヤノンがFL50mm F1.4 II(1971年のFD50mm F1.4も6群7枚)を、1970年にエルンスト・ライツがハインツ・マルカルト(Heinz Marquardt)設計のズミルックスR 50mm F1.4を、1972年には、7月1日にオリンパスがM-1(翌73年に"OM-1"に改称)発売に合わせて中川治平設計のG.ZUIKO AUTO-S 50mm F1.4(特願昭47-44325・日本国特許第821334号米国特許No.3851953ドイツ特許DE2322302)を、9月に富士写真フイルムがEBC FUJINON 50mm F1.4前期型を発売しました。この1972年になって、ようやくツァイスもローライフレックスSL35向けにHFT Planar 50mm F1.4の供給を開始しており、この6群7枚構成の変形ガウスタイプの製品化は日本勢が大きく先行していたことが分かります。

さらに付け加えると、1970年12月25日に日本光学・清水義之設計の特許が出願されています(特願昭45-125635・日本国特許第1019833号米国特許No.3738736)が、この特許の特筆すべき点は被引用特許の多さで、その中にはこのべーレンスとグラッツェルによるプラナーの特許も含まれています。このプラナーの特許の引用特許を見ると、このニコンの特許だけでなく、旭光学の風巻友一・高橋泰夫両氏の特許やオリンパス・中川治平特許、ライツのズミルックスR 50mm F1.4のハインツ・マルカルトの特許があり、いずれも6群7枚構成の設計です。つまり、べーレンスとグラッツェルが設計したプラナーは他に先駆けた設計とはとても言えないのです。

事実、日本の特許庁は、ツァイスが出願した特願昭48-73540を1978年4月4日に拒絶査定、即ち、特許に値しないとして退けています。ツァイスはその後、拒絶査定不服審判請求を行い、拒絶理由通知と手続補正書の提出を繰り返して、ようやく1983年になって公告決定に至り、特公昭58-57725が公告され、日本国特許第1233035号として登録されたのは1984年9月26日のことです。

この6群7枚のレンズ構成は、ごく最近になってオールドレンズを愛好する人々の一部で「プラナー型」と呼ばれはじめており、さらには「ツァイスのエルハルト・グラッツェルが発明した」とする説も唱えられはじめている上野由日路 著・玄光社オールドレンズ×美少女』の巻末“オールドレンズストーリーズ ~レンズ設計者の物語~”よりp.154~157「エルハルト・グラッツエルとマスターピース」の項の記述が原因と思われる)のですが、以上から、この“新説”はとんでもない大間違いと断ぜざるを得ず、このレンズ構成を製品として最初に世に送り出したのは、旭光学の風巻友一・高橋泰夫の両氏か、あるいはオリンパスの坂元悟氏(G.Zuiko Auto-S 40mm F1.4)の、いずれかだろうと推測します。


さて。

 ヤシコンプラナーとローライプラナーは、ともに同じレンズ構成と言われている。両レンズの大きなちがいは、やはりコーティングに絞られるだろう。
澤村徹 著・和田高広 監修・翔泳社オールドレンズ レジェンド』よりp.75~76(Googleブックス

RTSシステムのプラナーT*50ミリF1.4とローライフレックスSL35用のプラナーHFT50ミリF1.4レンズ
外観は似ている。レンズ好事家は、両者の描写特性の違いなどに執着するが、私の印象ではほとんど同じである。独製、日本製の差というのも、まったく同じだと断言してよい。
(中略)
ツァイスからライセンス生産が許された、ローライのツァイスレンズと本家ツァイスレンズの描写に違いがあるかどうかを本気で研究している人もいるらしい。T*とHFTコーティングの差が描写特性にどのように影響するかということなのだろうが、正直、硝材の中に鼻クソを落としたものと、通常の硝材を使ったものとの違いを探るようなもので、こらもあまりにバカバカしいことである。

36 :名無しさん脚:03/10/11 00:00 ID:QIy70wQV
ヤシコンとローライのプラナー 1,4/50 のレンズ構成図を比較してみるとわかるけど、まったくおんなじだよ。
ttp://www.rolleiclub.com/rollei/sl35/lenses/images/zeiss/index.htm
ttp://www.kyocera.co.jp/prdct/optical/lens/p50_14.html

HFT Planar 50mm F1.4とCONTAX Planar T* 50mm F1.4は、本当にコーティングが違うだけの同一設計なのでしょうか? 両方のレンズを手にしたことのある方ならお判りかと思いますが、この二つのレンズは一見しただけで違いが分かります。前玉の直径が異なり、後玉の直径も異なり、バックフォーカスも異なるのです。これだけ違うレンズのレンズ構成図がぴったり一致するはずがない、一致してはいけないのです。

分解計測してみればすぐに分かることではありますが、正確な測定は素人やアマチュアには簡単なことではなく、あまりに厳しいのですが、幸いなことに、現役製品時代に測定の専門家が手がけた計測データが存在します。そのデータは月刊アサヒカメラの「ニューフェース診断室」に掲載され、後に『アサヒカメラ ニューフェース診断室 コンタックスの軌跡』などに再録されました。

以下にPlanar T* 50mm F1.4とHFT Planar 50mm F1.4のレンズ構成図と収差図と評の抜粋を示します。出典は『アサヒカメラ ニューフェース診断室 コンタックスの軌跡』『カメラドクター・シリーズ6 カメラ診断室 アサヒカメラ連載』『アサヒカメラ2007年6月号』『アサヒカメラ ニューフェース診断室 ハッセルブラッド・ローライの名機たち』『カメラドクター・シリーズ5 カメラ診断室 アサヒカメラ連載』『クラシックカメラ選書-23 レンズテスト[第2集]』です。測定は、CONTAX Planar T* 50mm F1.4 AEJは通商産業省工業技術院機械技術研究所の正木道行氏と深堀和良氏、CONTAX Planar T* 50mm F1.4 MMJとRollei HFT Planar 50mm F1.4は同じく通商産業省工業技術院機械技術研究所の深堀和良氏、コシナ Planar T* 50mm F1.4 ZFは川向秀和 和光計測技術研究所所長と深堀和良氏によります。



CONTAX Planar T* 50mm F1.4
(標準小売価格 1979年3月 ¥43,000、1988年 ¥48,000、1992年 ¥44,000、2004年 ¥44,000)

中川治平,深堀和良・朝日ソノラマ『クラシックカメラ選書-23 レンズテスト[第2集]』よりp.111~112


CONTAX Planar T* 50mm F1.4 AEJ #5820716(初出:アサヒカメラ1976年2月号)
51.6mm・F1.43
F5.6に絞ったときの焦点移動量 0.02mm(後ピン方向)
歪曲収差 -2.0%(タル型)
開口効率 40%(画面対角線90%の位置)
カラーコントリビューション指数 10/0/0(この項のみアサヒカメラ1979年7月号初出)
解像力
絞りF1.4
中心部 160本/mm 平均 101本/mm (画面中心が最良となるようなピント面)
中心部 90本/mm 平均 109本/mm (画面全体が平均的に最良となるようなピント面)
“画面全体が平均的に最良となるようなピント面”は“画面中心が最良となるようなピント面”より0.06mmレンズに近い位置にある。
絞りF5.6
中心部 224本/mm 平均 151本/mm (画面中心が最良となるようなピント面)
中心部 180本/mm 平均 165本/mm (画面全体が平均的に最良となるようなピント面)
“画面全体が平均的に最良となるようなピント面”は“画面中心が最良となるようなピント面”より0.08mmレンズに近い位置にある。F5.6の“画面中心が最良となるようなピント面”は開放の場合より0.03mmレンズから遠い位置にある。
ツァイス社が日本の富岡光学に製造を依頼しているので、ツァイスが設計し、ヤシカで販売してはいるが、made in Japanと目立たぬように書いてある。(中略)
 球面収差曲線は(中略)中間部でのふくらみは0.09㍉と少なく、周辺でも補正過剰になっていない。ほんの少しアンダー気味の補正正常型で、すなおなカーブといえよう。(中略)
 放射・同心の両像面は(中略)、半画角19度あたりで交わり、それ以内では隔差が少なく、その外側での開きもそれほど大きくない。平均の像面は、いくぶん内側に湾曲しているが、その程度もわずかである。
 (中略)
 ピンホールの像を覗いた結果、わずかに偏心が認められ、画面周辺部ではコマ収差によるハロもいくぶん観察された。
 (中略)レンズ単体の撮影解像力は(中略)像面湾曲が少ないために、画面周辺部での描写がそれほど低下していない。平均の値が絞り開放で100本を超えているのは悪い結果ではない。
 実写の結果は、前後のボケ具合がすなおで、全般に好評だったが、夜景など暗部が多くなる写真では、暗部がつぶれぎみでディテールがあまりよく描写されておらず気になった。
 (中略)絞り開放での画面中心のコントラストは、かつてテストした同諸元の日本製レンズにくらべて、最も高い値だった。ただし、F2からF4のときの値では、他にももっとすぐれたものもある。
 ドイツのレンズは、日本と設計方針がちがうようだ。日本のレンズは、開放でも解像力は比較的高いが、コントラストは低く、1段絞って初めて切れ込みが良くなるものが多い。これに対して、今回のプラナーやライツのズミルックスなどは、開放では多少、解像力を犠牲にしても開放のコントラストを高くしているようだ。ピント合わせのための開放F1.4でなく、実写に堪える絞りだといえる。
 画面対角線70%の周辺でコントラストが最大になるのは、絞りF5.6のときで、軸上(画面中心)が最高になる絞りと一致している。一般に、周辺部では中心より絞り込まないとコントラストがピークに達しないことが多い。
朝日新聞社『アサヒカメラ ニューフェース診断室 コンタックスの軌跡』よりp.34~37
朝日ソノラマ『カメラドクター・シリーズ6 カメラ診断室 アサヒカメラ連載』よりp.130


CONTAX Planar T* 50mm F1.4 MMJ #6872810(初出:アサヒカメラ1985年6月号)
51.5mm・F1.43
F5.6に絞ったときの焦点移動量 0.02mm(後ピン方向)
歪曲収差 -2.2%(タル型)
開口効率 40%(画面対角線90%の位置)
カラーコントリビューション指数 0/6/5
解像力
絞りF1.4
中心部 140本/mm 平均 79本/mm (画面中心が最良となるようなピント面)
中心部 32本/mm 平均 96.9本/mm (画面全体が平均的に最良となるようなピント面)
“画面全体が平均的に最良となるようなピント面”は“画面中心が最良となるようなピント面”より0.09mmレンズに近い位置にある。
絞りF5.6
中心部 224本/mm 平均 111本/mm (画面中心が最良となるようなピント面)
中心部 224本/mm 平均 144本/mm (画面全体が平均的に最良となるようなピント面)
“画面全体が平均的に最良となるようなピント面”は“画面中心が最良となるようなピント面”より0.08mmレンズに近い位置にある。F5.6の“画面中心が最良となるようなピント面”は開放の場合より0.05mmレンズから遠い位置にある。
 絞りと画質の関係の基本を決める球面収差(中略)は9年前と全く同じで、ふくらみ0.1㍉の完全補正型である。(中略)
 解像力は開放で(中略)、わずかながら性能は低下していたということになる。F5.6に絞った場合も、同様に落ちていた。
朝日新聞社『アサヒカメラ ニューフェース診断室 コンタックスの軌跡』よりp.73~75


CONTAX Planar T* 50mm F1.4 MMJ #7415404(初出:アサヒカメラ1994年10月号)
51.8mm・F1.43
F5.6に絞ったときの焦点移動量 0.02mm(後ピン方向)
歪曲収差 -2.2%(タル型)
開口効率 40%(画面対角線90%の位置)
解像力
絞りF1.4
中心部 125本/mm 平均 64本/mm (画面中心が最良となるようなピント面)
中心部 22本/mm 平均 99本/mm (画面全体が平均的に最良となるようなピント面)
“画面全体が平均的に最良となるようなピント面”は“画面中心が最良となるようなピント面”より0.15mmレンズに近い位置にある。
絞りF5.6
中心部 200本/mm 平均 121本/mm (画面中心が最良となるようなピント面)
中心部 56本/mm 平均 130本/mm (画面全体が平均的に最良となるようなピント面)
“画面全体が平均的に最良となるようなピント面”は“画面中心が最良となるようなピント面”より0.08mmレンズに近い位置にある。F5.6の“画面中心が最良となるようなピント面”は開放の場合より0.03mmレンズに近い位置にある。
 非点収差と像面湾曲だが、従来のプラナーでは放射、同心の2つの像面が中間画角ではわずかに開きながら、半画角18度あたりで交差するという補正タイプで、像面の湾曲が非常に小さかった。ところが今回のプラナーの非点収差は半画角15度付近までぴったり張り付くタイプであった。これは従来ライカのレンズに多く見られた収差補正形式で、画面中央部は非常に画質が向上する反面、像面の湾曲が大きくなるきらいがある。実際に今回のプラナーの平均像面の湾曲は画面隅で0.24㍉ほどあるが、85年測定のものでは0.18㍉程度だ。
 (中略)
 開放で画面中心ミリ125本、画面面積平均ミリ99本という数値それ自体はF1.4クラスの標準レンズとしては立派な値ではあるが(中略)、いまひとつ釈然としないものがあるようだ。(中略)F5.6に絞ると画面中心がミリ200本、画面面積平均でミリ130本と向上するが、これも前2回の測定データにくらべ少し劣る。
朝日新聞社『アサヒカメラ ニューフェース診断室 コンタックスの軌跡』よりp.133~136


コシナ Planar T* 50mm F1.4 ZF(アサヒカメラ2007年6月号、シリアルナンバー記載なし)
51.66mm(絞りF5.6時、波長546nm)・F1.43
F5.6に絞ったときの焦点移動量 記載なし
歪曲収差 -2.1%(タル型、35mmフルサイズ)、-1.1%(タル型、APS-C)
開口効率 記載なし
解像力
絞りF1.4
中心部 80本/mm 平均 53本/mm・APS-C 60本/mm (画面中心が最良となるようなピント面)
中心部 71本/mm 平均 59本/mm・APS-C 65本/mm (画面全体が平均的に最良となるようなピント面)
“画面全体が平均的に最良となるようなピント面”は“画面中心が最良となるようなピント面”より0.09mmレンズに近い位置にある。
絞りF5.6
中心部 180本/mm 平均 94本/mm・APS-C 119本/mm (画面中心が最良となるようなピント面)
“画面全体が平均的に最良となるようなピント面”は“画面中心が最良となるようなピント面”に一致している。
1985年6月号と94年10月号でコンタックス用のレンズとして取り上げている。収差曲線から判断すると、設計は同一と思われる。
(中略)
球面収差は正常補正で最大収差量は-0.1㍉であった。
 非点収差は画面周辺部でやや大きいが、画面中心部ではほとんどなく、レンズに向かって凹のやや大きい像面湾曲がある。
朝日新聞社『アサヒカメラ 2007年6月号』よりp.217~220

CONTAX Planar T* 50mm F1.4 AEJ #5820716 と コシナ Planar T* 50mm F1.4 ZF では中心軸上のコントラスト減少率も計測されています。その図を見ると、最もコントラストが高くなるF5.6時にコントラストが50%となる解像度は、CONTAX Planar T* 50mm F1.4 AEJ #5820716 が72本/mmなのに対して、コシナ Planar T* 50mm F1.4 ZF は90本/mm強に上がっています。ところが20本/mmあたりのコントラストを見ると、コシナPlanarはAEJよりもコントラストが下がっています。



Rollei HFT Planar 50mm F1.4
(標準小売価格 1979年3月 ¥54,800、1980年 ¥48,000、1982年 ¥53,000、1992年 ¥75,000)

一昔前の日本の標準レンズに似て、解像力を重視した設計のようだ。
中川治平,深堀和良・朝日ソノラマ『クラシックカメラ選書-23 レンズテスト[第2集]』よりp.172


Rollei HFT Planar 50mm F1.4 #3127619, #3127744(初出:アサヒカメラ1982年12月号)
50.6mm・F1.44
F5.6に絞ったときの焦点移動量 0.02mm
歪曲収差 -1.8%(タル型)
開口効率 39%(画面対角線90%の位置)
カラーコントリビューション指数 0/6/6
解像力
絞りF1.4
中心部 140本/mm 平均 67本/mm (画面中心が最良となるようなピント面)
中心部 80本/mm 平均 73本/mm (画面全体が平均的に最良となるようなピント面)
“画面全体が平均的に最良となるようなピント面”は“画面中心が最良となるようなピント面”より0.03mmレンズに近い位置にある。
絞りF5.6
中心部 224本/mm 平均 128本/mm (画面中心が最良となるようなピント面)
“画面全体が平均的に最良となるようなピント面”は“画面中心が最良となるようなピント面”に一致している。F5.6の“画面中心が最良となるようなピント面”は開放のそれと一致している。
絞りと画質の関係の基本になる球面収差は、最も絞りの周辺を通る光線に対し、+0.18㍉の補正過剰となっているが、中間部のふくらみは0.04㍉と小さい。(中略)
 また、開放ではフレアがあるが、1絞り絞ると、画質はかなり向上することが、コントラスト減少率のデータを見てもはっきりわかる。実写の結果をながめながら、「これはドイツのレンズという感じではないですね。日本のレンズ、ひと昔前のニッコールの標準レンズに感じがよく似てますよ」といった話も出た。
朝日新聞社『アサヒカメラ ニューフェース診断室 ハッセルブラッド・ローライの名機たち』よりp.139~140
引用時に、記事本文中の数値の誤記を(た)が修正しました。
稲村隆正の実写診断● レンズは、絞りを開放にしたときのフレアーがありました。「プラナー」というレンズは、開放で撮影しても軟らかい描写力があるものなのですが、今回使ったレンズには、その味がありませんでした。もちろん、絞り込めばその特徴が出てくるのですが。
朝日ソノラマ『カメラドクター・シリーズ5 カメラ診断室 アサヒカメラ連載』よりp.30

この、1982年にひと昔前のニッコールの標準レンズに感じがよく似てますと評されたレンズに、2008年になって全く異なる評価が現れます。それは月刊日本カメラ2008年9月号、“オールドカメラ天国2008”コーナーのp.171、『第9話 ローライHFTプラナー50mmF1.4』。書き手は藤井智弘氏です。
 さて、肝心のカール・ツァイスHFTプラナー50ミリF1.4は、絞り開放ではT*よりコントラストが低い印象を受ける。収差だろうか、ふわっとしたボケで、T*とは異なる立体感だ。そして絞るとキリッとシャープ。ライツのレンズに近いように感じた。

「A=B かつ A=C ならば B=C」という論理学の基礎に即すならば、ニッコールによく似ているというレンズがライツのレンズに近いとすれば、ニッコールにはライカの味わいがあることになりますが、はてさて、このようなニッコール評はニコン党にもライカマニアにも受け入れてもらえるとは到底思えません(笑)

球面収差の測定結果からも、ローライプラナーはかつてのニッコールなど以前の日本のレンズによく似た過剰補正タイプの収差補正を行っていることが明確に分かります。実は、絞り開放で撮影した際に、球面収差をレンズの縁で過剰補正にしたために発生するハロと、球面収差を完全補正あるいは補正不足とした場合にその補正不足によって発生するハロを、それぞれ実写のみで見分けられる人は、プロの写真家にも少ないのです。

この日本カメラ掲載の記事は千曲商会上野店が協力しているのですが、発売時期などにも誤りがいくつか見られ、しかもそんな頼りにならない記事がマップカメラの販促ツールにされていたりします。


以上に示したデータから、コントラスト重視の設計の“ヤシコンプラナー” CONTAX Planar T* 50mm F1.4と、解像重視の設計の“ローライプラナー” HFT Planar 50mm F1.4は、レンズ構成も収差補正も全く異なるレンズであることが分かります。同一設計説は完全な誤りです。収差の補正など設計そのものが違うのですから、描写も違って当然です。

なぜドイツでは両プラナーのレンズ構成図が全く同じなのか。推測ですが、ローライ・ヤシコンどちらも1972年の特許に基づくという情報から、その特許に複数の実施例が記述されているにもかかわらず同一設計と思い込み、分解も計測もしないままにヤシカ(後に京セラ)が公表していたヤシコンプラナーのレンズ構成図をそのままローライプラナーに流用したのだろうと思います。こういうドイツ市場の知的な底の浅さを見ると、コンシューマ向けカメラ・レンズの主役がドイツから日本に移った歴史は必然だったのだろうとすら思えてきます。それを鵜呑みにする日本人もどうかという気はしますけれども。



編集履歴:
2016年7月5日、公開。
2016年7月14日、データと評の引用と参考資料を加筆しました。
2016年8月19日、特許関連の記述を加筆しました。
2017年3月5日、記述の一部訂正と、参照元改訂に伴うリンク修正を行いました。
2017年4月8日、ローライプラナーの実写評と出典を追記しました。
2017年6月8日、ローライプラナーの1980年の価格と出典資料を追記しました。
2018年3月17日、通りすがり様にコメントでご教示頂いた日本国特許を加筆しました。ご教示くださった通りすがり様に感謝申し上げます。
2018年6月24日、5群6枚化された Xenon 5cm F2 をトロニエの設計とする説の裏付けが取れないため修正しました。
2018年10月19日、若干の修正補筆と出典資料の追記を行いました。
2018年11月22日、特許関係の記述を加筆しました。
2018年11月27日、最初の6群7枚構成について修正しました。
2019年11月23日、特願昭48-73540についての記述を修正及び加筆しました。
2020年5月2日、あほコンタックスまにあ@sstylery)様の調査とご指摘に基づき、Canon FD50mm F1.4の構成の誤りを訂正しました。


すの。様、ツイートでご紹介下さり、ありがとうございます。
あほコンタックスまにあ@sstylery)様、Canon FD50mm F1.4の調査結果をお教え下さり、ありがとうございました。



参考資料(順不同):

カメラマンのための写真レンズの科学(吉田正太郎・地人書館・ISBN978-4-8052-0561-7 C3053 ¥2000E・1997年6月20日 新装版初版第1刷,2014年6月10日 新装版初版第5刷)

新装版 現代のカメラとレンズ技術(小倉磐夫・写真工業出版社・ISBN4-87956-043-X C3072 P3000E・1995年10月17日 新装版第1刷)

アサヒカメラ ニューフェース診断室 コンタックスの軌跡(朝日新聞社・ISBN4-02-272141-3 C9472 ¥1800E・2001年3月1日発行)

アサヒカメラ ニューフェース診断室 ハッセルブラッド・ローライの名機たち(朝日新聞社・ISBN4-02-272151-0 C9472 ¥1800E・2002年3月1日発行)

アサヒカメラ ニューフェース診断室 ライカの20世紀(朝日新聞社・ISBN4-02-272132-4 C9472 ¥1800E・2000年7月1日発行)

アサヒカメラ 1979年4月増刊号 35㍉一眼レフのすべて(朝日新聞社・雑誌01404-4・1979年4月5日発行)

アサヒカメラ 2007年6月号(朝日新聞社・雑誌01403-6・4910014030671 00800・2007年5月18日発売・2007年6月1日発行)

カメラドクター・シリーズ5 カメラ診断室 アサヒカメラ連載(朝日ソノラマ・ISBN4-257-03173-5 C0072 ¥1600E・1983年11月30日発行)

カメラドクター・シリーズ6 カメラ診断室 アサヒカメラ連載(朝日ソノラマ・ISBN4-257-03174-3 C0072 ¥1600E・1983年12月31日発行)

クラシックカメラ選書-11 写真レンズの歴史 A History of the Photographic Lens(ルドルフ・キングズレーク Rudolf Kingslake・雄倉保行 訳・朝日ソノラマ・ISBN4-257-12021-5 C0072 ¥2000E・1999年2月28日 第1刷)

クラシックカメラ選書-22 レンズテスト[第1集](中川治平,深堀和良・朝日ソノラマ・ISBN4-257-12032-0 C0072 ¥1800E・2001年11月30日 第1刷)

クラシックカメラ選書-23 レンズテスト[第2集](中川治平,深堀和良・朝日ソノラマ・ISBN4-257-12033-9 C0072 ¥1800E・2001年11月30日 第1刷)

カメラ毎日別冊 カメラ・レンズ白書[2] カメラシステムと交換レンズ(毎日新聞社・雑誌02312-12・1980年12月5日発行)

日本カメラMOOK 通巻第12号 カメラ年鑑1992年版(日本カメラ社・雑誌66966-12・1991年12月15日発行)

カメラ総合カタログ 第91号(日本写真機工業会 宣伝専門委員会・1988年3月発行)

日本カメラショー2004 総合カタログ VOL.120(有限責任中間法人 カメラ映像機器工業会・2004年3月発行)

CONTAX カール・ツァイスT*(スター)交換レンズシステム カタログ(京セラ株式会社 光学機器事業本部・1992年7月版)

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ZEISSレンズとかなんとか

Cameras der 1950'er, 1960'er und 1970'er Jahre





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bpd1teikichi_satoh

非常に詳細かつ興味深い解説誠に有難う御座います。
現在、爺はPlanarT*1.4/50ZF,Macro-PlanarT*2/50ZF.2等を所有
しておりますが、それ程使用頻度は高くありません。
by bpd1teikichi_satoh (2016-07-05 23:24) 

(た)

bpd1teikichi_satohさん、ありがとうございます。

>非常に詳細かつ興味深い解説誠に有難う御座います。
ありがとうございます。掲載誌からの引用なので、お恥ずかしい限りです。

この二つのレンズについて調べてみて、計測を伴わない実写のみの画質評価には、ブランドイメージや生産国表記に引きずられたプラセボ効果が作用するということを強く感じました。ネット上では「ヤシコンプラナーは富岡設計なのでドイツレンズとは描写が違う。西ドイツで作られたローライプラナーが正しいドイツレンズの描写」とする意見すら見かけました。

>PlanarT*1.4/50ZF,Macro-PlanarT*2/50ZF.2等を所有
コシナのツァイス製品はどれも評価が高いので僕もほしいのですが、お高いのがネックで未だ手にしてません(^^;
by (た) (2016-07-06 06:46) 

えがみ

「Aさん、Bさん、Cさんの内、1人だけ嘘をついている人がいます。さて誰でしょう。」というクイズがたまにありますが、文献をあたるということは、そういうことなんですよね。

> ニッコールにはライカの味わいがあることになりますが、

所持していないのに文献による知識が豊富なライカユーザーや、どんな扱いをされたのか分からない中古レンズしか使ったことのないライカユーザーも少なくなく、そんな方々に限って何故か声が大きいので話がややこしくなりますね。

by えがみ (2016-07-11 00:07) 

(た)

えがみさん、ありがとうございます。

>文献をあたるということは、そういうことなんですよね。
全くおっしゃるとおりだと思います。
矛盾がある時に、何が間違っているかを判断するのに、自分で高精度な測定ができればいいんですが、そうでない以上は信頼できる文献にあたるしかないですね。

>そんな方々に限って何故か声が大きいので話がややこしくなりますね。
本当にそうですね。なぜかこういう方々が重宝されていて、文章もたくさん発表されてるんですよね。

藤井智弘氏の文章は、この余計な一文さえなければ発売時期などの間違いには目をつぶってもいいかなと思うんですが、なんでライカを持ち出しちゃったかなと怪訝に感じます。もしかすると…この文章の発表当時はローライプラナーはものすごく安かったので、業者さんに協力してライカのブランドイメージを使って販売価格上昇を企てられたのかなと思ったりもしますが、根拠がないのでなんとも言えないです。

あと、今回引用した「コンタックスの軌跡」と「ハッセルブラッド・ローライの名機たち」は巻頭に赤城耕一氏による記事がたくさんあるので、赤城氏も両プラナーの測定データについてご存じないはずはないと思うんですが、「ツァイスレンズ」の記述がなんであんなことになっちゃったのかなと、これも不思議に思います。

ローライプラナーはプロライターや欧米の有名レンズ解説サイトも軒並み同一設計説の“罠”に引っかかっていて、死屍累々の惨状でした。このレンズは鬼門だと思います。
by (た) (2016-07-11 18:44) 

通りすがり

風巻、高橋氏の日本特許、特公昭42-25212ではないでしょうか。
昭和39年12月27日出願です。
by 通りすがり (2018-03-17 01:11) 

(た)

通りすがり様、ありがとうございます。

>特公昭42-25212ではないでしょうか。
ご指摘の特許を見てみましたが、まさにこれですね。さっそく本文を編集して書き加えさせて頂きました。
ご教示くださって本当に助かりました。ありがとうございました。
by (た) (2018-03-17 11:24) 

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